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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3852号 判決

原告

井戸満子

右訴訟代理人

藤田太郎

外一名

被告

株式会社堂浜ビルデング

右代表者

高井恒昌

右訴訟代理人

玉生靖人

外一名

主文

一  被告は原告に対し、

1  金三五九万四、二〇〇円

2(一)  内金二七九万四、二〇〇円に対する昭和四八年九月七日から、

(二)  内金八〇万円に対する昭和四九年二月二二日から、各弁済が終るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  太田恵子は、昭和三五年一月二五日被告に対して、金八〇〇万円を、次の約定で貸付けた。

(一) 利息は元本一〇〇円につき日歩五厘。但し昭和四五年一月二四日までは無利息とする。

(二) 被告は、昭和四六年から昭和五五年まで毎年一月二四日八〇万円と当該期日までの利息を支払う。

2  太田は、昭和三八年六月ころ右債権を原告に譲渡し、被告は同年七月一日これを承諾した。

3  原告は、昭和四八年六月八日被告に到達した内容証明郵便をもつて、昭和四六年ないし四八年の各一月二四日に支払われるべき前記各八〇万円の合計二四〇万円の元本、ならびに約定による昭和四五年一月二五日から翌四六年一月二四日までの元本八〇〇万円に対する利息一四万六、〇〇〇円、同年一月二五日から翌四七年一月二四日までの元本七二〇万円に対する利息一三万一、四〇〇円、および同年一月二五日から翌四八年一月二四日までの元本六四〇万円に対する利息一一万六、八〇〇円の合計二七九万四、二〇〇円の催告をしたが、被告がこれに応じないので、原告は本件訴状をもつて被告に対し右利息を元本に組入れる旨の通知をした。

4  その後昭和四九年一月二五日に、前記残元本中の別の八〇万円について弁済期が到来した。

よつて原告は被告に対し、右合計金三五九万四、二〇〇円と、うち金二七九万四、二〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年九月七日から、うち金八〇万円に対する弁済期到来後(請求拡張の申立を記載した準備書面が被告に到達した日の翌日)である昭和四九年二月二二日から、各弁済が終るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三、抗弁

1  被告は昭和三五年一月二五日訴外太田恵子に対し、被告所有にかかる大阪市北区堂島浜通一丁目二三番地所在のビルディングのうち地階部分を賃貸したが、同人はその後原告に対して賃借人の地位を譲渡したので、被告と原告との間に右地階部分の賃貸借契約関係が生じた。

2  公租公課の高謄のため、被告は原告に対して、一か月の賃料を次のとおりそれぞれ増額する旨の意思表示をした。

(一) 昭和四三年一一月ころ、従前の賃料九万六、〇〇〇円を同年一二月一日から一六万円とすること、

(二) 昭和四四年四月中ころ、同年五月一日から一九万一、六九三円とすること、

(三) 昭和四五年六月二七日付で、同年七月一日から二五万円とすること

3  右によつてそれぞれ賃料は増額されたが、原告は従前の一か月九万六、〇〇〇円の割合でしか供託をしないので、被告は昭和四八年六月末日までの賃料の差額分として、合計七二〇万三、七〇二円の請求権を有する。

そこで被告は原告に対し、昭和四八年一〇月九日の本件口頭弁論期日において、その対当額において原告主張の債権と相殺する旨の意思表示をする。

4  かりに右金額にのぼる債権が被告にないとした場合、被告は原告主張の後記一審判決で勝訴した部分の債権、すなわち、三〇七万六、〇〇〇円および昭和四八年六月一日以降昭和四九年四月分まで一か月一六万円の割合による一七六万円の合計四八三万六、〇〇〇円の合計四八三万六、〇〇〇円の債権を有する。

そこで被告は原告に対し、昭和四九年五月一七日の本件口頭弁論期日において、その対当額で原告主張の債権と相殺する旨の意思表示をする。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認めるが、適正賃料は被告主張の金額ではない。

五、再抗弁

1  被告は原告に対し、昭和四六年右賃料の差額金を求めて大阪地方裁判所に訴を提起したところ、同裁判所は昭和四八年八月一三日その一部を認容して差額金三〇七万六、〇〇〇円および昭和四八年六月一日以降月額一六万円を支払えという判決をした。これに対して原告から大阪高等裁判所に控訴し、目下同事件は大阪高等裁判所に係属中である。

それゆえ、本件において右と同一の債権をもつて相殺の主張することは、実質上の二重訴訟となり、許されない。

2  また原告は、右の判決後昭和四八年六月および七月分のうち、すでに供託していた月額九万六、〇〇〇円を除く計一二万八、〇〇〇円を、同年九月一〇日大阪法務局に被告宛供託したほか、同様にして同年八月ないし同年一〇月分を毎月一六万円づつ供託した。

六、再抗弁に対する認否

1  原告主張の訴訟が大阪高等裁判所に係属中であることは認める。

2  しかしながら相殺の抗弁は、防禦方法に過ぎないから二重訴訟には当らない。これに二重訴訟の禁止を当てはめることは、民事訴訟法が、相殺の抗弁に例外的に既判力を付与したことを不当に強調し過ぎることとなり、妥当性を欠く。

被告が抗弁で相殺を主張した以上、別訴でその債権の請求ができないこととなると、被告の債権のうち、相殺で主張した金額を超える配分は別訴で請求できなくなるという不合理も生ずる。仮にこの不合理を救うため、訴訟物を可分に考え、右の超過分のみの訴別請求を認めるとすれば、別訴との関係上は実質的な二重訴訟が不可避となり、結果的には、二つの審理を併行してするのとなんら差異はない。

第三  証拠〈略〉

理由

第一原告の請求について

請求原因事実については当事者間に争いがなく、原告主張の各元本に対する該当期間の日歩五銭の割合による金額がその主張のとおりであることは、計数上明らかである。そして本件訴状および原告主張の準備書面が被告に到達した日が請求原因中に記載のとおりであることは、訴訟上明白である。

第二相殺の抗弁について

一被告と原告との間で、被告主張の事実によつて、その主張の地階部分の賃貸借契約関係が生じたこと、被告が原告に対して賃料増額の意思表示をしたうえ、その差額分の請求をし、大阪地方裁判所で原告主張の一部認容の判決を受け、目下大阪高等裁判所に該事件が係属中であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二被告は、右差額分の全部または大阪地方裁判所がその一部を認容した分について、原告の本訴請求と対当額で相殺する旨主張するのであるが、この主張は不適法として却下を免かれない。すなわち、

1 本件において被告が相殺のため主張した右債権については、すでに別訴が係属中であるから、かような相殺の主張は、民事訴訟法二三一条が二重訴訟の係属を許さないのと同様の理由で許されないものと解する。

もつとも相殺の抗弁は、防禦方法に過ぎないこと被告主張のとおりである。しかし同時に、これについて既判力が付与される点からいうと、単なる防禦方法といいきれないこともたしかである。相殺の抗弁は、債権の行使を抗弁の方法によつて許そうとするものである。それが容れられた場合、被告は自己の債権の満足があつたのと同じ効果を生ずることになる。したがつてそれが容れられない場合でも、訴によつてその存在が主張されたときと同様に、後の訴で再びその存在を主張させないこととしたのである。既判力が認められたことが抗弁としては例外であつても、それなりの理由はある。被告主張のように、既判力が付与されたことを不当に強調し過ぎることにはなるまい。

2  次に被告は、抗弁で主張した債権の別訴を許さないことは、相殺で主張しなかつた超過分の請求をも許さないこととなり、不合理であるという。

本件の場合と反対に相殺の抗弁が先行する場合、まず、反対債権の時効中断の効力を生じさせるためには別訴が必要であるかの問題があろうが、相殺の抗弁も、それ自体が債権の行使であることさきに指摘のとおりであるから、これに時効中断の効力を付与することは可能である。したがつてこの点から後の別訴を正当づけようと試みることは相当でない。

次に抗弁が先行する場合、被告が請求原因を争い、あるいは他の抗弁を提出して、相殺の抗弁を予備的に主張するようなとき、裁判所が相殺の抗弁によらないで原告の請求を棄却することもあろうから、さような場合にも別訴を許さないとすると、被告の権利行使を不当に制限することになるのではないかとの問題がある。

しかしながら本件におけると同じように請求原因を全く争わず、防禦の方法としては相殺の抗弁に終始することもある。この場合には、審判の対象は実質上まさにこの債権の成否のみである。別訴訟を許すことになると、両訴で、同時にそして二重に、全く同一の審判が行なわれなければならない。また別訴を許すとすれば、相殺の抗弁が一審判決で認められたのにかかわらず、さらに別訴を提起して同一の請求をするようなことがあつても、これを拒否することはできない。反対に、相殺の抗弁が一審判決で認められないのをみて、別訴で請求するような場合でも、これを許さなければならない。

もし抗弁が先行しそのため別訴が許されないことで、不合理が考えられるのであれば、被告は当初から、抗弁によらないで、反訴もしくは別訴によつて自己の債権の行使をするという本来の方法を選べばよい。とくに原告の請求額以上の反対債権を有する被告は、その一部を抗弁に供し、他を別訴によるというような煩を避け、その全部を反訴もしくは別訴で請求すればよい。反対債権を有する被告の救済に欠けるところはないはずである。

3  右のような点は、被告の防禦の自由を害するといえるかもしれない。しかし本件のようにすでに別訴で被告の請求がなされており、原告主張の請求原因が争いないのに、なお相殺の抗弁について審判をしなければならないとすると、訴訟はいたずらに遅延し、原告の権利の実現に不当な遷延が強いられることとなる。被告に防禦の自由を与えるため、原告から不当に利益を奪うようなことがあつてはならない。

4  なお別訴と抗弁の審判が別々の裁判所で行なわれても、当事者が同一である以上訴訟資料は同一となるであろうから、多くの場合、判断の矛盾は避けられるであろう。しかし単純な貸金とか手形金のような請求権ならばともかく、本件のように適正賃料額の認定を判断の内容とするような場合には、結論を二、三にする可能性は極めて強い。その結果は、相殺を主張する当事者に、二つの判断のうち自己に有利なものを採り不利なものを捨てるという恣意を許すことにもなる。

なお、本件において被告は、予備的に、別訴について大阪地方裁判所が判決主文に表示した金額をもつて相殺の主張をし、原告は、同判決後その金額で賃料の供託をしていると主張するのであるが、原告が別訴の控訴を維持し、本件においても適正賃料を争つていることはさきに摘示したとおりであるから、本件で相殺の主張を許す限りその判断をする必要があり、前記判示の点は、被告の右の主張の場合にもかわりないこと、いうをまたない。

第三結論

以上みてきたとおりであるから、被告は原告に対して前記貸金元本および元本に組入れられた利息金の合計額三五九万四、二〇〇円と、うち金二七九万四、二〇〇円に対する前記昭和四八年九月七日から、うち金八〇万円に対する前記昭和四九年二月二二日から、各支払が終るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (飯原一乗)

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